30週目:わたしたちと共におられるイエス

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霊操の中でイエスの生涯を黙想している間に、わたしたちは少しずつ自分の日々の生活の神秘を分かるようになります。それは神がイエスを通して常にわたしたちと共におられるからです。確かに、以前は神の現存がほんの少しだけしか感じられなかったかもしれませんが、今度の長い霊操の旅を通して、改めてわたしたちは神の現存をもっと意識するようにと努めました。今週の霊操は、復活したイエスの喜びをかみしめながら、その恵みをもっと感じるように祈っていきます。

ルカ福音書では、復活後イエスは何回も弟子たちにご自分の姿を現しました。その一つはエルサレムからエマオという村に向かっている2人の弟子たちに現れた出来事です。その弟子たちは、長い間待ち望んでいた救い主であるメシアをイエスに期待していたのに、結局イエスが死んだことによってその期待が実現されなかったことにがっかりしました。エマオへの旅の途中で、イエスご自身は彼らの間に入って、ご自分がイエスであることを気づかせようとしますが、彼の心は既に悲しみで一杯だったので、イエスの姿を認識するための心の余裕がありませんでした。

エマオの弟子たちの体験を参考にし、わたしたちの人生を振り返ってみましょう。おそらくイエスは何回もわたしたちの人生に現れましたが、イエスの姿に気づくわたしたちの心の余裕はあまりなかったでしょう。今週の霊操で、エマオの出来事を黙想することによって、イエスの姿を見えなくしているわたしたちの心の妨げは何であるか(絶望、心配、不安、問題に夢中になりすぎること)などを見極めて、改めて私たちの心の余裕をつくるように、その恵みを願います。

エマオの出来事で、イエスは弟子たちの心を2回ほど突破しました。

最初に、イエスは聖書の中でご自分について書いてあることを彼らに思い出させました。実際に、日々の霊操をしている間にも、聖書を通して、イエスは今もわたしたちの心を開いてくださいます。今までの霊操の旅を振り返ってみると、私たち自身も聖書を読みながら、祈りながら、私たちの人生や歴史の中にどのように神が働いておられるか少しずつ感じとられるようになりました。そのプロセスにおいて神はどのように私たちのこころに浸透なさるか、どのように私たちの心を開いてくださるのか、私たちをどのように導いてくださるかを見極めることが出来るようになりました。

結局わたしたちはエマオの弟子たちと同じ体験をしています。富や名誉や傲慢に導かれる生き方が神の愛やイエスの現われを妨げるものであることにわたしたちは気づくようになりました。さらに、イエスは聖書を通して、私たちの生き方に直面してきます。この世のことを大切にしようとする生き方より、神の愛とそれにすべてを捧げる生き方の魅力をわたしたちに悟らせてくださいます。イエス自身もご自分の使命を果たすために生涯をかけて、神の最大の愛のしるしである十字架の神秘を少しずつ私たちに示してくださいました。したがって、私たちもエマオの弟子たちと同じように、祈りの中で、何回も復活のイエスと出会い、イエスの生き方や使命に生きようとするこころを燃えたたせていただいています。

そして、イエスはエマオの弟子たちの招きに答えて、彼らの「家」に入りました。イエスはわたしたちの心の扉を通って、ますますわたしたちの心のかたくなさをほぐしてくださいます。そして、イエスは「パンを取る」時、一番必要なのはこころの「糧」であることを弟子たちに気づかせて、その「パンを祝福する」時、彼らの心を少しずつ神への感謝と信頼に導きました。そして弟子たちは「パンが裂かれる」時、イエスが自分たちの命を救うためにご自分の命を捧げられたことに初めて気づき、最後にイエスが彼らに「パンを渡す」時、弟子たちはイエスの死と復活が新たないのちを与えてくださることを受け止められるようになりました。それは彼らの心が完全に開かれたからです。実は、イエスと出会ってから、エマオの弟子たちと同じように、わたしたちの心も開かれるようになったのではないでしょうか?

イエスが常にわたしたちの心に留まっておられることに気づくことは、何よりもわたしたちの喜びです。エマオの弟子たちは「イエスが生きている」ことに気づいて大喜びして、それを他の弟子たちに知らせようと、エルサレムへの道を必死に走りました。霊操で体験していたこの同じ喜びが、わたしたちのこころに一杯あります。その喜びをもっと多くの人々に知らせたいことは最もわたしたちの望みです。

祈りの要点

*恵み:復活した主の喜びに、わたしももっと深くあずかれるように。

第1~2日(エマオの弟子たち、ルカ24:13-35)

  • 落胆している弟子と共に歩き、彼らの話を聞くキリストの姿に目を向ける(13-19節)いつもイエスが共にいてくださるのに気づかないわたしたち。
  • ショックを与え、ていねいに説明してくださるイエスの姿(25-27節)
  • イエスと共に過ごし、共に祈る弟子たち。私たちのこころが燃えていることでイエスが現存しておられることが分かる(28-32節)。

第3~4日(弟子たちへの出現、ヨハネ20:19-23)

  • 復活した主がこころの平和を与えてくださる。その主は私たちの恐れをすべて取り除いてくださる(19、21節)。
  • イエスはわたしをどこへ遣わそうとされるのか(21節)
  • 人をゆるすために聖霊をくださる(22-23節)

第5~6日(イエスとトマス、ヨハネ20:24-29)

  • トマスの疑いの心を味わう。そして、イエスの釘跡を見た後のトマスの心は。
  • トマスのように、わたしの主、わたしの神と信仰告白してみよう(28節)
  • わたしは幸いだろうか、見ないで信じることができるだろうか(29節)

第7日(反復)

  • 心に残ったところをもう一度味わいなおす。
  • 復活した主をじっくりと味わっていく。
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