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私たちは20世紀の終わり頃、「どうか21世紀において平和が確実に訪れるように」と願いました。しかし、21世紀の初年の時から、平和が来るより新たな戦争が既に広まりつつあります。同時多発のテロ事件に続いてアフガンの戦争、また米国とイラク間の戦争などは私たちの日々の生活に絶えず恐れを与えています。戦争で、犠牲になったのは言うまでもなく無邪気な人々です。組織化される不正のシステムは結局加害者の責任者たちを守り、弱い立場にある被害者の人々を犠牲者にしてしまいます。それと同じように、イエスも律法の権威者たちによって犠牲者にされました。
今週の霊操は現実的にイエスの侮辱と十字架の道を黙想していきます。私たちにとって、イエスの十字架の道は、苦しみの神秘を理解するために、意味を与えてくれる出来事です。十字架の下に引き渡されたイエスは復活によって「死と罪」の支配に打ち勝ち勝利を得ました。その勝利は私たちに大きな力と助けを与えてくださいます。
イエスの受難を丁寧に黙想して、地上でのイエスの生涯を最後までじっくり味わうことが今週の黙想の中心です。イエスの十字架の道を黙想することによって、どうかイエスの全生涯と使命に完全に触れることができるように、又ご自分に与えられた使命を果たすための忍耐が与えられるようにと、その恵みを求めていきます。イエスの受難に深く触れることはあくまでも彼との親密な関係を持つために、大切な体験です。
イエスの受難の出来事とその意味をゆっくり味わってください。ゲッセマネの丘で御父の助けを必死に求めるイエスの祈り、弟子たちや人々に裏切られたイエスの悲しみ、裁判で裁かれたイエスの姿、侮辱されてあざ笑われたイエスの苦しみ、頭に載せられた茨の冠で流れ出たイエスの血、さらに十字架を背負って何回も倒れたイエスの疲れ、そういった受難のシーンに現れるすべてのイエスの苦しみと痛みは私たちの今週の祈りに深みを与えてくれます。
今週の霊操を通して、どれほどイエスは私たちを深く愛してくださるかを「体」と「心」で意識していきます。私たちの日々の生活の辛さ、苦しみ、又は人生の中で一番つらかった時を思い起こすとき、私たちのつらい体験の最中に、イエスは常に私たちと連帯をしてくださっていることに気づきます。イエスの受難の意味を黙想することによって、どれほど私たちの日々の苦しみにおいて、イエスの連帯があるか、それをゆっくり実感してください。
イエスは絶えず私たちの喜びと苦しみを共にしてくださることに感謝します。さらに、イエスは受難の道を引き受けるまで私たちを愛し、私たちも彼の愛を積極的に応えることができるように、その恵みを願います。
祈りの要点
*恵み:イエスの死への苦しみをより深く味わうことができるように。
第1~2日(茨の冠、マルコ15:16-20)
- 紫の衣を着て、茨の冠をかぶらされているイエスの姿を見てみよう(17節)これが王であろうキリスト。
- 頭をたたかれて、唾を吹きかけられているイエスの姿(19節)
- このように、さんざん侮辱されているのは、誰のためだろうか。
第3~4日(十字架の道、ルカ23:26-31)
- キレネのシモンが十字架を背負う。彼はイエスの弟子の模範とされている。わたしはどのようにイエスの十字架を担ごうか(26節)
- そのような苦しみの中でも、婦人たちを慰めるイエスの姿を見よう(28節)
- イエスと共に十字架の道を歩いていこう。
第5~6日(十字架につけられる、ルカ23:32-38)
- とうとう十字架につけられるイエスの姿を見る(33節)
- 十字架につけられながら、人々をゆるすイエス(34節)
- 十字架上でもさまざまな侮辱を受けるイエス(35-37節)
第7日(反復)
心に残ったところをじっくり味わいなおす。

