19週目:イエスの洗礼と使命(ナザレからヨルダン川へ)

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2つの望みと3つの種類の「道」を黙想していた時に、イエスの呼びかけにどのように応えたらよいか、それを見てきました。あくまでも心の底からイエスの生き方に積極的に従い、イエスとの親しみを持ちたい、最終的にイエスのミッションを受けたいという望みは最も私たちが望んでいることでしょう。このように、すべての私たちの望みと道は神の栄光とみ名があがめられること、又それは自分の救いにもかかわることです。それ以外に、望みと道はありません。

今週はイエスの洗礼とその後のご自分の使命を黙想していきます。当時30歳だったイエスは、故郷のナザレから離れ、自分の兄弟、親戚、又両親をあとにし、「聖霊による洗礼」のしるしによって、御父の使命を果たします。

ご自分が慣れ親しんだところから出て御父の使命を目指すイエスの姿を祈る間に、おそらく様々な疑問点は出てくるかもしれません。なぜイエスはご自分の故郷から離れたのか?それまでのイエスの考察、識別などはどのような過程で行われたのか?例えば、御父の使命を果たそうとすることを決心して、その時の決意のことばはどのような祈りのことばで表されたのか?そして、洗礼の場面までのイエスとご家族、親戚との別れを想像してみましょう。特に、周りの人々、友人、母であるマリア、父であるヨゼフなどはどんなことばでイエスを見送ったのか?イエスご自身も、どのようなことばで別れを告げたのか?

洗礼者ヨハネの洗礼を受けに来ている人々を眺めているイエスの姿を想像しながら、彼ご自身はどう思っていたでしょう。特に、ヨルダン川の水に沈んで上がってきた人々の顔を見て、今度ご自分はどのような感情でその洗礼を授けに行くのか?その時、イエスは既にご自分の使命を意識していたのか?洗礼を授ける心構えにおいて、ご自分を無にして洗礼者ヨハネに向かっていた心構えが既にできていたのだろうか。さらに、ご自分の使命を意識していくプロセスにおいて、十字架上までの道を既に予知しているだろうか。最後にイエスは洗礼を受けた時、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になって、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」と言う声が、天から聞こえました(マタイ3:16~17)。そのときのイエスの気持ちはどのようであったのか?

イエスの洗礼とそれ以来の活動を黙想している間に、おそらく新約聖書に書いていない事柄がたくさん出てくるかもしれません。私たちが思う以上のイエスの生涯が見えてくるに違いありません。このように、私たちももっとイエスとのつながり、関係が深まり、イエスがどのように御父の使命を果たそうとしていたか、そのための彼の努力をもっと身近に感じるようになるでしょう。特に、洗礼を受けた私たちの生き方や生活のために、洗礼以後のイエスの生活からたくさん悟りをもらえるでしょう。

毎回の祈りが終えたら、個人的にイエスと対話をしてください。特に、自分の望みとイエスの望みは常に同じものとなるように、その恵みを願ってください。

祈りの要点

*恵み: キリストをさらによく知る恵み、特に彼が何を大事にし、何のために生きたのかが分かる恵みを願います。

第1~2日(主の洗礼、マタイ3:13-17)

  • イエスが他の罪人と同じように、洗礼を受けられた。
  • その後、聖霊が下り、天の父の声が聞こえた。御父、御子、聖霊の親しい交わりを祈る。
  • 自分にとって、洗礼とはどういう意味があるのか。

第3~4日(イエスの就任説教、ルカ4:16-30)

  • イエスの使命は何だったのかよく味わってみよう(18-19節)
  • このみことばがイエスにおいてどのように実現していたのだろうか(21節)
  • イエスは故郷では歓迎されず、迫害を受けた。本物は必ず非難される(24節以下)

第5~6日(巡回宣教、マルコ1:35-39)

  • イエスは祈りを大事にしておられた。何を識別していたのだろうか。(35節)
  • イエスの宣教の姿を見てみよう。悪霊を追い出し、みことばを語っている。(39節)

第7日(反復)

    • 心に残ったところを味わい直そう。

    他の聖書箇所

    • マルコ1:9-1, 14-15、マタイ4:23-25、
    • ルカ3:21-22、ヨハネ1:26-34、
    • フィリピの手紙2:1-11、ローマの手紙6:3-11
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