18週目:三種類の「道」

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イエスの生涯にもっと深く触れる前に、今週の祈りで改めて私たちの生き方を見直してみます。どのようにしたらイエスの生き方を理解し、それに倣うことが可能になるのか、それはこれからの祈りの課題です。

あるひとりの人が、自分が傲慢に生きる者ではないと確信し、自分の努力のお陰で多くの「もの」を獲得し、十分に富を積んできたと思ってきました。しかし、この人は自分の富に対して、かなり悩んでいます。おそらくその人は富が自分人生を縛り付け、その富に自分が依存してしまうかもしれません。又は、その富を通して、多くの人々を自分勝手な生き方に引き込んでしまうことになるかもしれません。あるいは、家庭内の高級スタイルによって育てられたから、なかなか自分を富から切り離さないかもしれません。ともかく、この人は神への愛だけを求めてそれらの富みを得たわけではなかったことに気付いて、救いを求め、平和のうちに神を見出したいと思うので、重荷や妨げとなる、獲得したものへの執着を心から取り除くことにしました。

上記の人の課題をきっかけにして、私たちはどのような「道」でしたら、イエスの生き方に従い、彼の呼びかけをもっと積極的に応えることができるか、今週の祈りの中で下記の3つの「道」を考察しましょう。自分にとって最もよいものはどれか、それを黙想します。ここで注意すべきことはどの選択も悪いということではなく、どれでも自分にとって神の愛を求め、さらに自分への執着を取り除く手段となります。

第一の道は、平和のうちに主なる神を見出し、救いを得るために、獲得したものへの執着を取り除きたいと望んでいるが、「死ぬまで何もしなかった」ということです。ここでは、神の愛に応えようとしたが、それは単なる意思に過ぎないものです。その意思は行動まで何の影響をも及んでいません。

第二の道は、執着を取り除きたいが、おそらくそれらの富を持つのは神が望んでおられるだろうと合理的に思って、獲得したものはそのまま持ち続けています。したがって、自分の欲する仕方を神に認めてもらうとし、たとえ富みを捨てる身分が自分に一番望ましい道であっても、神に近寄るためにその富を捨てる決定を下さないのです。

第三の道は、執着を取り除きたいという望みと共に、獲得したものを保つか保たないかということに対しても、偏らない心を持っています。それは、徹底的に執着から取り除かれることを一番望んでいるから、そのほかの望みはないということです。したがって、望むことは、ただ一つ、神が心を動かされるところに応じて、又、主なる神の奉仕と賛美のためによりよいと思われるところに従って、気持ちの上ですべてを捨て去る心になり、ただ主なる神への奉仕のためでなければ、獲得したものも他のものも一切望まないと努めます。したがって、何かを受け、また捨てる動機は、主なる神によりよく仕えることができるようにという望みだけです。

霊操の中で、私たちは常にイエスの生涯をもっと知り、深く触れるように、恵みを求めています。その恵みを求めながら、私たちが選ぶ生き方によって、神の栄光とみ名があがめられますように、それに私たちの救いも伴われるように、今週の黙想で、その心の自由さを願っていきます。

祈りの要点

*恵み: イエスが私にどのように生きるように呼びかけているのか。そのイエスの呼びかけに応えることができる恵みを願います。

第1~2日(弟子の派遣、ルカ9:1-6)

  • イエスは弟子たちを派遣する。イエスはあなたをどこに何のために遣わそうとされるのか(1-2節)
  • なぜ何も持っていくなと命じられるのだろうか(3節)、何も持っていかないというのはどういう意味があるのだろうか。
  • あなたが行くべき家とは(4節)

第3~4日(死と復活の予告、マルコ8:31-38)

  • イエスの死と復活の予告を私はどのように受け止めるだろうか。ペトロのように否認するだろうか(32-33節)
  • いのちを失うものは、いのちを得るという逆説は自分にとってどういう意味か(35節)

第5~6日(金持ちの青年、マルコ10:17-31)

  • 永遠のいのちを得るために、私にかけている1つのものとは何か(21節)
  • 私の場合、この青年のように悲しみながら立ち去るか、あるいはイエスに従っていくか(22節)
  • 「人間にできることではないが、神にはできる」ということばは自分の心にどのように響くだろうか。(27節)

第7日(反復)

  • 一番心に残ったところ、または、一番引っかかったところをもう一度祈ってみる。
  • 感じていることについて、イエスと対話をしてみる。特に何かに強い執着があるのに気付いたなら、それからの解放を心から願う。

ポイント

  • イエスの問いかけは強制や命令ではない。むしろ自由な呼びかけである。そのため、私が単なる義務感で従うことはあまり意味がない。むしろ私が彼の呼びかけに自由と愛をもって応えることができるかどうか。
  • 自分の限界も素直に認めること。こだわりや恐れなどがあるならば、イエスに取り除いてくださるように祈ること。
  • ヒントとして、霊操149-157「3つのタイプの人」を参照。

他の聖書箇所

  • ルカ18:18-30、ルカ9:57-62、
  • マタイ6:24-34、フィリピ3:7-16
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