13週目:愛の招き-私たちの応え

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イエスの招きに対して、わたしたちはどのように応えるか、今週はそれを深めていきます。先週の霊操で、私たちの応えはあくまでも神の愛を体験することと不可欠な関係に結ばれていると見てきました。その愛の体験から、今度私たちを愛してくださる方からの招きに対して、「はい」と応えます。その招きに応えること自体に大きな犠牲を払うことがあるとしても、その愛する方は常に私たちと共にいるから、何一つ恐れがありません。むしろ、私たちを愛してくださる方と共にいる希望の方が遥かに大きいです。

私たちは今週の祈りを通して、イエスの愛の招きに心を向かわせるようにと努めていきます。先週の霊操を見直しながら、どれほど神は私たちの積極的な応えを求めているかに気付き、実際に人それぞれの状況において違う招きがあり、ゆえに神から頂く賜物と恵みも異なっています。従って、人それぞれの苦しみの体験や危機は一人ひとりのユニークな性格や能力を形成して、特に私たちは他者を憐れみ深く受け入れ、他者の苦しみを共に担っていくようにと招かれています。

あくまでも、イエスの招きとそれに応える私たちの理由は同じものです。それは神の愛の体験です。イエスの招きに応えることは私たちにとって、真の喜びとつながるものです。イエスの招きに積極的に応えれば応えるほど、すべての私たちの喜びはそれに満たされます。しかし、イエスの招きはいつごろ具体的に私たちに現れてくるか、今年か、来年か、又はこれから10年後に行われるかもしれません。

何よりも、私たちにとって一番大切な心構えは、常にイエスの招きに心を開くことです。イエスはどんな具体的な招きを与えてくださるか、又それはいつはっきり現れてくるか、そういったことに対して私たちの努めはただ単に耳を傾けることだけです。今までの霊操で深めていたように、イエスの愛の招きは私たちを絶えず励まして、従って私たちも神の愛に背くすべての世俗の欲にふけること、空しいことに導くこと、自己中心的な生き方などを退けるようにと導かれています。

イエスの招きに対する私たちの応えは完全にイエスと共に生きていく決意であり、多くの人々に唯一の生き方の証しとなるものです。ゆえに、私たちの応えはイエスに従う決意をはばむものにならないはずです。それは、単なるイエスの貧しい生き方やイエスの人間的な側面を倣う生き方だけではないからです。むしろ大切なことは、イエスが御父にすべてを捧げたように、私たちの自己奉献も、自分の純粋な心から生じてくることです。

今週の霊操から溢れてくる希望、祈り、望みなどは溢れたままにしてください。今のところ何の決意をも固めないでください。そのために何週間も時間があるので、今はイエスの招きに対するすべての応えの可能性を味わって、祈りの中でそれらの可能性をじっくり見ておいてください。イエスの招きに応える十分の心構えができるように、その恵みを願ってください。

祈りの要点

*恵み: イエスが誰だか分かり、彼の生き方に倣うことができる恵みを願う。

第1~2日(イエスは謙遜な方、マタイ11:25-30)

  • 幼子のような心になった時、私はイエスから何を知ることができるだろうか(25~27節)
  • 疲れて、重荷を負っているなら、イエスのもとで休もう(28節)
  • イエスのくびきとは何か。何をイエスから学ぶのか(29節)

第3~4日(イエスはいのちのパン、ヨハネ6:22-44)

  • 永遠のいのちに至る食べものために働くとは(27節)
  • あなたにとって、イエスとはいのちのパンだろうか。どのような意味で(35節)
  • 私にとって、父の御心とは何か(38~40節)

第5~6日(イエスはぶどうの木、ヨハネ15:1-10)

  • まことのぶどうの木であるイエスにつながっているとはどういうことか(4節)。そしてどのような実を結ぶのだろうか(5節)。
  • 私が望むものは何か(7節)。それをイエスはかなえてくださる。
  • イエスの愛にとどまるとは(9~10節)

第7日(反復)

  • 心に残ったところにとどまり、さらにイエスの心を味わうようにする

    他の聖書箇所

    • マタイ16:13-20、ヨハネ10:7-18、
    • イザヤ6:1-8、詩編116、
  • ルカ10:1-8、17-21、ヨハネ21:15-19
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