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今週、ゆるしをもたらしてくださる神の愛を深く味わうように、霊操を行ってください。罪について霊操していく度に、明らかになることは罪の出来事より神の慈悲深い愛の方が強く感じるようになります。今週の霊操は自分がその愛に溢れるように、望んでください。
私たちは毎朝目が覚める時、神が新たな命と恵みを与えてくださることに気づき、それに感謝しながら、喜んで新しい一日を迎えます。実際に、喜ぶのは愛され、そしてゆるされている自分だけではなく、自分を愛してくださる神も喜んでいます。神は、御自分の愛とゆるしの恵みに積極的に反応する私たちの喜ばしい姿を見て、どれほどうれしく思っておられるでしょう。つまり、私たちがその恵みに感謝することは神の喜びとなります。それは、愛する神と愛されている自分は互いに親しい交わりの中に置かれているからです。そのような親しい交わりの中で、私たちも神の愛とゆるしを身近に抱くままに結びたいでしょう。
例えば、自分が愛している人に、いろいろな表現で自分の愛を現そうとしている時に、相手からの積極的な反応が自分に伝わってきたら、きっと自分も大いに喜ぶでしょう。それと同様に、自分が神の愛に積極的に反応すれば神も大いに喜ばれるでしょう。それは自分が神の愛に対して感謝し、感動しているからです。
人間の側は、神の愛を「素直に」受け入れ、「素直に」実感するのに、様々な疑いを乗り越える必要があるでしょう。例えば、「神が本当にこんな罪だらけの自分をゆるしてくださるのか」「何度も神の愛を裏切った自分に対して、神は変わらぬ自分を愛してくださるのか」このような疑いは私たちをよく惑わします。
しかし、神の愛は神秘です。人間が思っているより、神の愛は無条件、無制限であり、私たちの罪の深さより、遥かに深い。言い換えれば、神の愛と心の広さを想像すればするほど、どれほど私たちが幸いな者であるかが分かるでしょう。神ご自身は、私たちが罪の鎖から解放されるように、もっと自由な人となるようにと望んでおられます。この神の望みをじっくり味わえば、私たちが罪の状態のままでいる理由は何ひとつありません。逆に、罪に対する私たちの悲しみは、神の方に立ち返る喜びや感謝に変わります。これこそ、私たちが望んでいる今週の恵みです。
私たちが喜ぶ時、又感動する時、いくつかの表現でその喜びの心を表します。例えば「この出来事は信じられないほど不思議ですね」「このことはメチャすばらしい」等々。今週の霊操は、神の慈悲深い愛を信じるだけではなく、それを心で受けとめ、さらに神の無制限の愛を大いに祝いましょう。神の愛とゆるしは、何よりも罪の鎖から私たちを救い出してくださるものです。これからも、その愛は変わらず、私たちの人生を支えてくださる最も大切なものです。
祈りの要点
*恵み:そのような惨めな私の罪をゆるしてくださる神の愛を味わうように。
第1~2日(ホセア11章)
- 「イスラエル」や「エフライム」というところに自分の子供の時の呼び名を入れて書き直す。
- 神が私自身に呼びかけているような気持ちで、それを何度も心の中で読んでみる。
- 8節の神の心は何を私に語りかけているのだろうか。
第3~4日(エゼキエル36:25-32)
- 主が取り除いてくださる「石の心」はどのようなものだろうか。
- 逆に、主が与えてくださる「肉の心」はどのようなものか。
- この新しい契約の呼びかけに、私はどのように応えようか。
第5~6日(ルカ15:11-32)
- 自分が放蕩息子/娘になったつもりでこの箇所を祈る。
- 放蕩息子が何もかも使い果たして(14節)父のところに戻る決意をする(17~18節)
- すべてをゆるし、宴会を開いてくださる父の心をよく味わうように。
第7日(神との憐れみの対話)
- まず聖母と対話する。おん子であり、主である方に次の3つの恵みをとりなしてくださるように。天使祝詞で結ぶ。
① 自分の罪を内的に悟り、それを忌み嫌うように。また、自分の行動の無秩序を悟り自分を整えることができるように。
② この世の虚しさを知ることを願う。この世界の真の問題を悟り、それを改善していけるように。
③ 神の限りない愛を深く悟ることができるように。罪人と罪の世界を、見捨てることなく愛しておられる神の心を悟り、私のすべきことを示してくださるように。
アニマ・クリスティの祈り(キリストの御魂よ)
キリストの御魂よ、わたしを聖化してください
キリストの御体よ、わたしをすくってください
キリストの御血よ、わたしを酔わせてください
キリストの脇腹の水よ、わたしを清めてください
キリストの御受難よ、わたしを強めてください。
慈しみ深いイエスよ、わたしの願いを聴きいれ、
御身から離れることのないようにしてください。
陰謀(いんぼう)をたくらむ敵から、わたしを守り
臨終のときにわたしを呼びよせ
御身の御許(みもと)に御身の御許に行かせてください。
すべての聖人とともにいつまでも
御身を賛美することができますように。
永遠の神ご自身がその恵みを与えてくださるよう、直接父なる神に願う。主のいのりで結ぶ。
ポイント
- 自分の罪を見ることではなく、神の心を味わうことが中心。焦点は罪ではなく、愛である。ゆるしの秘蹟にあずかることは勧められる。
他の聖書箇所
- 詩編51章、詩編103:8-11、
- 詩編130:3-4、イザヤ41:13-14
参考資料
(イシドロ・リバス、『祈りを深めるために』その2)
- 「人間の罪深さと神の愛」、46~47頁。
- 「罪は神の愛を知らせて頂く道です」、52~56頁。


私の中にあった固い石、恨み、悲しみ、悩み、憤りそれも主の愛でどこかに行った気がしている。主に愛して頂いて。沢山沢山の御恵みを頂いていると言う確信。罪深い女が主の足を拭ったように私も拭いたい。赦されている罪人、ごめんなさい。ありがとうございます。