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第8週目の霊操で、神の愛と憐れみの角度から自分の罪の歴史を見てきました。今週、様々な罪の現像において、どのようなパターンで悪霊は自分を騙していたか、それを徹底的に見ていきます。これから自分の罪について内的悟りを感得していきます。それによって神の愛と憐れみを深く知るように、その恵みを望んでください。
今週の霊操はパズルを解くことと同じように考えられます。パズルを解くために、一つずつ地平線と垂直線のつながりを見出します。全体のパズルのつながりが分かれば、最初に全然分からないパズルのイメージは、少しずつ全体的に見えるようになります。
悪霊の働きかけはパズルのように見えます。自分の歴史において、どのように罪を犯したか?悪霊の働きかけの目的はどういうことか?悪霊の支配下にいる時、自分の心の状況はどのような緊迫感の中に置かれているか?悪霊の誘惑に負ける時、神のみ旨に反逆する傾向性は習慣的・本能的にどういう風に見えているか?そういった悪霊の働きかけの地平線と垂直線のつながりを徹底的に見極めて、今度自分の意思の不自由さや心の恐れの根本的なパターンがどのように現れているかを丁寧に見抜きましょう。
罪と自分の意思の不自由さは不可欠な関係の中に置かれています。朝目が覚めたら、今日自分は人を愛しないように、あるいは自己中心的な生活を送るようにと決心する人は誰もいないでしょう。しかし、一日の生活において、自分は人を無視して、まったく自己中心の生活ばかりを送ってしまうことが度々あるに違いません。例えば、識別する時が来たら、自分の貪欲に答える選択しか選べないとか、貧しい人々の叫び声を遮断する態度をとるとか、といった自分の都合による決断は不思議なものではありません。自分の都合にとって「よい」「正しい」「必要」であろうと思われる決断から、実際に私たちは罪を犯しやすくなります。そこで、今週の霊操で、罪に導くそういった決断を明らかにするように、その恵みを望んでください。
大きな手術を受ける時、自分のために多くの方々に祈りを願います。それと同様に、自分の霊的な成長のために、神の助けを強く願ってください。自分の罪に対して内的悟りを感得すること、自分の行動の無秩序を深く悟ること、又その悟りによって無秩序を忌み嫌い、改善し、生活を整えること、御子キリストがそういった恵みを与えてくださるように、その取次ぎの祈りを聖母マリアに願ってください。そして、自分の歴史における罪のパターンを悟り、それを知ることによって現世的な空しい事柄を忌み嫌い、それらを自分から遠ざけるように、御父がそういった恵みを与えてくださるように、御子キリストに願ってください。最後に、創造の時に御父が与えてくださった自由意志を再び抱くことができるように、その恵みを御父に願ってください。
自分の歴史における罪の神秘を深く知れば知るほど、さらにキリストの死と復活における神の寛大さと慈悲深い愛を感じるようになります。常に、その恵みを願ってください。
祈りの要点
*恵み:神はこのような世界の罪や悪などをどのようにご覧になっているか。神の心を悟る恵みを願う。
第1~2日(出エジプト1:9-14; 2:23-25; 3:7-10)
- 現代では誰がこのイスラエルの人々に当たるだろうか。
- 奴隷のような状態 (1:11)、虐待され (1:12)、激しい労働で酷使されている(1:13)
- 神はその人々をどのように見ておられるだろうか(3:7)
第3~4日(アモス2:6-16)
- 神はなぜこのように怒っておられるのだろうか(6節)
- 現代で貧しい者・弱い者・悩む者は誰だろうか(6~7節)
- 神の怒りを自分の怒りとして味わってみる。
第5~6日(ハバクク2:5-29)
- 神の怒り、嘆きは具体的に何を意味しているのだろうか。
- あなたにとって、何が「災いだ」と思えるだろうか。
- 神の怒りを自分の怒りとして味わってみる。
第7日(十字架上のキリストとの対話)
- キリストはなぜ十字架にかかったのか。
- キリストのためにあなたは今まで何をしてきたか。今何をしているか。今から何をすべきか。
- 十字架につけられたキリストと心を打ち明けてよく話し合う。友と友が語るように、僕が主人と語るように。
ポイント
- あまり落ち込むようならば(例えば眠れなくなる、食べなくなるならば)、この黙想はしないように。そういう人はむしろ第3~6週目に戻って、原理と基礎を祈ること。
- そうでなければ、現実から逃げないで、辛くともこの黙想に集中するように。神の心やイエス・キリストの心をよく味わうように。
他の聖書箇所
- イザヤ1:2,3,11-20、
- イレミヤ2:5-13
参考資料
(イシドロ・リバス、『祈りを深めるために』その2)
- 「落とし穴である根源的な罪」、40~42頁、
- 「一つの罪の大きさ」、42~44頁、
- 「キリストの十字架のありがたさ」、58~59頁。


私自身も沢山の人の苦しみを見、聴き、知っている。でも思いめぐらすだけ、自分自身の枠を作ってその枠以上は助けようとしない、また私の選びが人々を苦しめる事になっている現実も知っている。私自身も加害者になっている。格好をつけたい自分が出て来ると、名誉も、権力も、お金も、全てを欲しがる。それで苦しむ人が出てくると言うのに!主をないがしろにするだけでなく主を利用することさえしてしまう私達、本当に悲しく思う。無秩序!主にはただごめんなさいとしか言えない。謝っても次の瞬間でさえ罪を犯す可能性のある自分。全くの罪人!それなのに共にいて寛大に許し愛して下さる主にただ感謝。